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2010年2月

2010年2月25日 (木)

周南二月例会(写真編)

ま、宴会をしていたほどなので13日はたいした写真もありません。
鍋が美味かった記憶が滅法鮮烈ですが明け方のさそり座もすばらしいです。
Ozasan100214amx2a
横に配置するとこうなります。
Ozasan100214amx2r
いずれもEOSのX2改にEF28mmを付けてISO1600で30秒露出です。

EOS50DにはEF18をつけますがこちらは標準レンズなので暗いです。
色調ももちろん違いますしISOも3200まで上げました。
Ozasan100214am50bnr
この写真は連写していますので比較明合成もききます。
Ozasan100214am50br

やがて夜も明けます。
Ozasan100214am50bmr

2010年2月24日 (水)

永山本家酒造場 貴 中取り 純米吟醸山田錦 無濾過生原酒

永山本家酒造場 貴 中取り 純米吟醸山田錦 無濾過生原酒は50%精米の贅沢なお酒です。
無濾過生原酒は新酒どころか一期一会と言っていいもので冷蔵輸送ができて初めて可能になった美味い酒です。
Dsc05163_2 
それまでは蔵元だけが楽しんでいたお酒で現在も杜氏が「良し」と思った瞬間に「中取り」をするのですが、生きている酒なので冷蔵とはいえ末端で日が経つと蔵と違う味になってしまいます。
封を切ると毎日味が変わるのですが感激するのはやはり最初の一杯です。
芳醇な香りと「米のジュース」というべきうまみを支えるピリリとする酸味が今年の出来の良さを教えてくれます。
やや黄みかかったうす濁りの米の酒をあっという間に3合目を注いでしまいました。
今日は蔵の酒をそのまま貰ったのですが温度は冷蔵庫で下げてありました。
「樽から出るときがもっとも温度が高い」というも生酒ならではの心配りです。
Dsc05166
この不思議な字は利き手と逆の手で書いたものです。

実際、今年の永山本家酒造場は絶好調で手持ちの山田錦を使いきり、雄町も気候が許す限り(3月末か?)生で出すようです。

2010年2月15日 (月)

遠来の客

2月11日は隕石を見て回りました。
はるばる宇宙を旅してきた遠来の客です。

山口で隕石といえば山口県立博物館です。
発見された全て隕石の資料が展示されています。
レプリカが多いのですが仁保隕石3号は本物です。
Dsc04618
その3号隕石が落ちたのがこのあたりです。
しばらく宮野小学校の下駄箱の上に置いてあったそうです。
仁保隕石なのに宮野に落ちています。
Dsc04623
で、本体はこの石碑の背後に落ちています。
碑文は信行寺の先代住職が起こしたものです。
Dsc04627 
こんな石です。
ちょっと重くて焦げ目があるのが特徴です。
宇宙には上下がないので石質でも層状の組成は出ません。
Dsc04639
もちろんレプリカです。

日本で回収された隕石は50組ほどしかありません。
大雑把に隕石は一日1個程度地球に落ちているようなのですがほとんどが海で日本列島に落ちる確率はささやかなものです。
ところが日本の隕石保有数は16700個を超えます。
南極に落ちた隕石を雪原で拾ったらものなので保存状態は良くても骨董品です。
隕石の研究者が欲しがっているのは落ちてすぐ、数時間以内の鮮度が良いものだそうです。
そこまで鮮度がよければガスが採取できると期待できるからです。
一説には鮮度が高い隕石は「生臭い」のだとか。

SonotaCoNetworkは夜の日本の空をカバーし始めていますがまだフルカバーにいたっていないし、稼動から今日まで隕石発見に至ったことはありません。
それどころかUFOCapture開発後に落ちた隕石はないというべきでしょうか。

周南二月例会(概要編)

どうも新月期には晴れる気がないようです。
この2月も怪しい天気ですが新月期の土曜日であれば周南天文同好会の例会が皇座山であるので出かけます。
宇部からはもう一人と小郡からも一人で予定していた広島の面々はあまりの天気に取り止めでしたが14日の早朝にはよしもとさんも上ってきました。
Img_2690
この曇天ではやむを得ず・・・というか当然のように酒宴になるのがここの流儀です。
ただし、大鍋を囲んで確信犯状態ですが。
Dsc04660
風もあるし雲も多いし戦意喪失状態ですが明け方にはそれなりに晴れたのです。
で、戦果があるのはよしもとさんだけ。

2010年2月13日 (土)

皇座山の南

2月5日は一応晴れですが日付が変わると月が出るので皇座山は無人です。
もうオリオンは西の光害の中に傾きますからちょっと苦しいです。
Orion100206am0

本日のテーマは「南」です。
  Ozasan10026amx2
実は皇座山でも真南は厳しいのです。
山の南の森の中に訪れる日とも稀な展望台があり、ここからでも展望が開けません。
Ozasan10026am50

実は3時40分に南十字のγ星が見えるはずだったのです。Gacrux100206am50
低空に雲がかかっては手も足も出ません。
風景だけなら幻想的で素敵なのですが。
Img_2368

2010年2月 7日 (日)

秋吉台

今年の秋吉台(最寄インターチェンジ:美祢東料金所)は2010年2月21日(日)に山焼きが予定されています。
2月7日に防火帯を予定通り切り開くようです。
毎年、延焼防止に防火帯の草を刈るのは大変な労働で舗道にしたいようですが公園法があるので難しいとか。
Dsc01929
秋吉台は縄文時代には森林だったようで遺跡も見つかっています。
動物が豊かだったことは化石から見ても分かります。
それが1360年の室町時代ころには草原化し山焼きが始まったようです。
山焼きを行うと良い牧草が育つのだそうですが現在はもっぱら観光用です。
江戸時代には食肉習慣がないので放牧は馬に限られていたようですが、水がない土地なので各農家の使役牛馬のえさとして牧草は必要でした。
また、当時の家屋は茅葺が多かったので茅場としても使われていたようです。
明治以後は陸軍演習場になり当時の事故跡には石碑が建っています。
Dsc09739
馬に蹴られたとか日射病で百人も倒れたとか軍隊も大変です。
戦後は米軍の爆撃演習地になりかけたところを何とか阻止して現在に至っています。

その中に唯一残る森である長者ヶ森(山口県美祢市美東町大字大田字池ノ原)はその中に井戸などの遺構があるところから人工林と見られています。
平家の落人の栄華の跡とも豪商の屋敷跡とも言われますが「長者」という限りはこんな寂しい場所にもかかわらず大きな家があったと見られます。
Img_1666

2010年2月 6日 (土)

長者ヶ森~北から南から~

1月26日は平日で月まであるのですが良く晴れたので秋吉台まで足を伸ばします。
零下4℃でもありますし露は降りそうもないので毎度の月光写真でお茶を濁しますが・・・レンズが凍るとは思いませんでした。
Img_9540_2
おかげで撮った写真の半分しか使えません。
でも何とかなります。
Choujagamori100126pmn

今回はもう一台カメラを抱えて北山に上ります。
予定ではカノープスが見えるからです。
シャクシャクと霜柱を踏みながら無人の野を月を頼りに上るとほぼ予定通りの構図です。
Choujagamori100126pmsl
もっと欲を出して山頂に向かいます。
Choujagamori100126pmshr
ちょっと東に寄りすぎですが悪くないです。
毎度の動画はこうなりました。

不精せずにカイロを付けましょうね。

2010年2月 2日 (火)

冬の瀬戸内海

1月23日は微妙な天気予報だったのですがぎりぎりまで待って皇座山まで出かけます。
冬型の気圧配置で晴天になる皇座山への出撃は久々です。
山頂に上がると当然というか予報以上に強風です。
毎度だと中腹に下りるのですが雲も残っているのであっさり諦めてEOS2台を放置プレー。

EOS50Dの方がバッテリーの持ちが悪いです。
レンズはEF28mm、ISO1600、30sec×210コマの結果が下です。
Ouzasan100123pm5r2

EOSkissX2にはEF18-55mm、ISO1600、30×470コマです。
Ouzasan100123pm2rr
これを動画にするとこうなります。


雲と船の動きがにぎやかです。

本人は車の中で惰眠をむさぼっています。
薄明前に無風ですっきり晴れたらしいのですがやむなしです。

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