天体観測をやっていれば写真を撮りたくなるのは今も昔も代わりがありません。
先日も名月をデジカメコリメートで撮りましたが数十年前にもカラーフィルムで手動ガイド撮影をしています。
当時は予算の都合でPENTAX MXでした。
横幕シャッターでしたが油が切れて現在はもはや使えません。
デジタルにシフトした現在不自由はないのですが・・・。
宇部市にフィルムカメラの引取りの依頼があり、生涯教育課にお鉢が回ってきました。
生涯教育課は勤労青少年会館にあるので最後はうちの会長が頭を抱えることになるのです。
見せてもらったフィルムカメラはこんなものです。
二眼カメラ、レンジファインダーカメラ、一眼レフカメラ、コンパクトカメラ、ポラロイドカメラになぜかレンズ付きフィルムもコレクションしてあります。
要は個人コレクションの処分です。
思わず「仕方ないから僕が貰っときます」と言いかけて顛末を想像してやめました。
数百個のカメラなんて私には管理不能です。
これだけあっても個人コレクションですから重複がないのです。
最新の交換レンズのレンズコレクションなら引く手あまたなのですが本体はコレクターでもなけれっばこんなにいるはずもありません。
特に電子化が進むと同時にマウントが変わったメーカーは多く、本体があってもレンズがなくてお手上げになるのです。
全部は紹介できません。
手前にあったのだけ写してみました。
コンパクトカメラにはこんなけったいなモデルがありました。
京セラのSAMURAIでこれでも35ミリフィルムカメラです。
時代を先取りしすぎたカメラでオートフォーカスが甘くて遅かったのです。
Canon AE-1は自動絞りを実現した一眼レフです。
ちょうど私が天体写真を始めたころに登場して、電池馬鹿食いが議論を呼びました。
何しろ天体写真には自動絞りなんて不要なのに電池が切れるとバルブが落ちたと記憶しています。
Canon T80はキャノンがミノルタに敗れた象徴的なカメラです。
ミノルタは「オートフォーカスみたいなカメラ」を否定し実用的な自動焦点機であるα-7000を投入しFDマウントのオートフォーカス機であったT80を駆逐したのです。
以後、キャノンはFDマウントまでも捨てEOS路線で現在の地位を回復しています。
Canonflex RMは初期のCanon一眼レフカメラRシリーズの4番目にして最後のものです。
今からは想像もできませんがキャノンが最悪な目にあっていたころのモデルです。
巻き上げレバーが本体のトップではなくサイドに付いているのがおしゃれで露光計感光部が大きいのも面白いです。
スーパーキャノマティックレンズRはマウントも非互換です。
Canon 7は私の父の愛用機でした。
セブンの次に父が買ったのがEOSだったので我が家にはFDレンズがまったくありません。
キャノン最後のレンジファインダーがセブンシリーズです。
50mmF0.95というレンズがセブン用にあったそうです。
Minolta A.2は軍艦部が楕円をしたレトロさが素敵なレンジファインダーカメラです。
ごつくて丈夫な金属ボディーは最近の国産プラスチックカメラとは別物です。
露光計もない固定レンズ手動カメラですが結構売れたようです。
中古で出るときに値段が大きくばらつくのは完動品/ジャンクという分類以外にもF3.5レンズモデルがあったことも話をややこしくしています。
Olympus C-AFはオリンパス最初のオートフォーカスカメラです。
現在のオートフォーカスとは比べるまでもなく遅いのですがフォーカス補助光まで搭載しています。
価格は従来の固定フォーカスのものの倍近くになりました。
Minolta HI-MATIC は宇宙ものとしてはずせないカメラです。
このカメラのOEM版であるアスコンは多くのサンプルを蹴落としコンパクトカメラとして始めて宇宙に持ち出されたのです。
厳しい環境で用いるためシンプルな絞り兼用シャッターの構造と自動露光の簡単さが重要だったようです。
PETRI 2.8はペトリカメラ工業による国産マニュアルレンジファインダーカメラです。
緑の採光窓が特徴でグリーン・オ・マチックと呼ばれました。
「ニコンの性能を半分の価格で」目指したのですが電子化に立ち遅れ撤退しました。
ASAHI PENTAX SPOTMATICは世界的にヒットしたSPのことです。
今日では当たり前のレンズを透過した明るさを測定するTTLという方法を最初に採用し、プロの要求に応えるスポット測光を実現したのでSPOTMATICなのですが、デフォルトはスポットではなく扱いやすい平均測光です。
SPシリーズは長く続き、絞込み測光から開放測光への対応が遅れたため陳腐化してしまいました。
・・・飽きました。
ネットでカメラのプロフィールを調べたのですが全部となるとこりゃ大変です。
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